2020年10月

PCが重くなった。原因は不明。そんなにデータを使ってるはずないのだがなにぶん中古で買ったものなので。もう一年半使い続けている。2012年のMacだがMacは壊れにくいのでそのまま使っている。コンピューターはハードもソフトも今ひとつわからないことが多い。久しぶりにレインボーマークが回転していた。今なぜか復旧しているが、ちゃんとメンテナンスしないとダメだろう。業者に頼むと出張料込みで2万はかかるはずなので、できるだけ友人に頼みたい。ハード的に、キーボードのキーの隙間からゴミがだいぶ侵入しているはずで、それをクリーニングしただけでも違うはずだがバックアップの仕方もわかってないからその辺も教えてもらわないと同じことの繰り返しになる。
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浦和の仲町通りに小さなレコード屋があった。音楽業界の一端を担っていたが、音楽配信の嵐に巻き込まれて事業を撤退せざるを得なくなった。と言っても、店のオーナーは元上尾市長の息子で、かなりのぼんぼんだった。慶應大学在学中からドラムで小遣いを稼いでいたが、根が真面目で、法学部のため、司法浪人を8年やってダメだったので、占い師に見てもらった。楽器屋かレコード屋がいいと言われ、レコード屋で修行を積み、お店の人に、レコードの売り方を学んだという。自分の好きな曲ばかりじゃなく、流行りの曲も売りなさいということで、当時人気だった、山口百恵ちゃんも売るんだよと諭されたらしい。やはりその道のプロとして生きるには、メジャーなものを売らなければ商売ができないということだろう。その店の名がぶれえめんだった。話をすると、気さくないい人で、息子さんはフランスにいるらしかった。個人的に付き合いたいと思ったが、ストーカーと間違われるのもアレだったので携帯の電話番号は教わらなかったが今どうされているだろう。もう浦和には出ていくことも少なくなったし偶然会う確率も低い。耳もわるくなったしオーディオも全て売りはなった。別れというのはいつ訪れるかわからない。ブレーメンと勘違いしていたが、正確な表記はぶれえめんだった。ブレーメンの音楽隊の由来だから、ブレーメンと思い込んでいた。マスターが引退されてから10年も経っていた、ネットで検索して最新の記事が2010年だった。お元気でいて欲しい。
 
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腰痛がひどい。さっきメンタームを塗る。きもちスッキリした。整体を受けたばっかりなのに。整体師は自分と同い年のベテランだった。もう足掛け20年以上のお付き合いで、よく気心が知れているが、自分が仮病を使っていると勘違いしてる。向こうもかなり変わってはいるものの堅気の真面目な人だ。自分をよく理解してくれてるうちの一人なので大切にお付き合いしている。コロナで大変なのは整体業界も同じ。何かいいアイデアないかと言われたので、もっと宣伝に金をかけた方がいいとアドバイスした。するとお金ちょうだいと言われたが、向こうはかなり金を貯めてるはずなので無視した。かなりの倹約家なので削れるところはもうないぐらい削ってる。後はない知恵絞るよりも、金を出すことにケチらない方がいいのだが、わかっていたらもっと手広く商売ができそうだ。投資、金を出すことに慎重なのはわかるが慎重すぎる人は仕事も小さくなりがちだ。その典型的な例で、広告とか宣伝の使い方が不器用というよりほとんどゼロだ。同い年なので、SNSとかの利用の仕方もコーチできる広告屋を使えば、多少違ってくるはずだが、とにかく金を出しそうにない。広告屋も仕事なので見積もり額にビビりそうなくらい堅実な経営をしている。一桁万円で仕事をしてくれる広告屋はそんなにいないことはわかってると思うのだが余計なお世話だろうか。自分は撮影だけなので一桁でも動くが、デザインと文案まで入れたら一桁で動く広告屋はほぼ皆無か、いても相当腕の悪い広告屋かも知れない。
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ブログに書けないことはLINEに書いているが、今日は危ない話を書いて、すぐ削除した。自主規制だ。ジャーナリストじゃないけど、ジャーナリストは自主規制などしていたら読者にすぐ見破られるし記事に商品価値もなくなる。政治家が銃弾に打たれることは稀にある。ケネディもそうだし、’浅沼委員長は刃物で刺され死亡した。思想信条を守るのは立派なことだ。ある言動が誰かの反感を買い暴力に訴えられることは結構ある。自分の子供の頃は、自分のプライドを傷つけられると殴りかかっていた。やられたらやり返せというのが親父の教えだった。殴られなくても言葉でひどいことを言われると激怒して殴りかかっていた。その瞬間は覚えていないので、教師に謝れと言われても謝らず、廊下に水の入ったバケツを持たされて立たされていた。泣くまで謝らなかった。いわゆるヤンチャである。
 
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昔AEONの英会話教室に通っていた頃、その先生のネイティブスピーカーに撮影を依頼された。自称アクターだと言っていたが、売れない役者だったのだろう。ギャラもちゃんと提示されたが、なぜかやる気にならず、放っておいて、話はご破算になった。自分がやる気になる被写体はやはり人物ではないようだ。人物は人間なので、取材が嫌いな人も中にはいる。東洋経済にいた頃、写真嫌いの取材対象がいて、5、6枚しか撮れなかったことがある。自分も子供の時は写真嫌いだったので、気持ちがわからないでもない。確か社長さんだったはずだが自信がない社長は珍しい。社長じゃなくても顔にコンプレックスを抱く人は結構多い。役者は典型的に顔を売る職業で、中尾彬や、滝田栄から、クレームが来なかったのは幸いであった。逆に、オスマンサンコンは、自分が撮影した写真を無断転用していたので、こっちがクレームを入れた方が良かったが、そんなにがめつくなかったので許した。そういえば昨日の夢に、東洋経済時代に一緒に仕事をした女性デザイナーが出てきた。真夜中に一緒に食事に行くというような夢だった。やはり東洋経済時代が自分の人生のピークだったんだろうか。もう一度ピークが来て欲しい。でも忙しいのは嫌い。だからいわゆる売れっ子になれない。

 
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